大阪高等裁判所 平成8年(ネ)2119号 判決 1997年6月06日
控訴人(原告)
藤田全英
被控訴人
伊藤物産株式会社
主文
一 原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。
1 控訴人は、被控訴人に対し、金七〇万円及びこれに対する平成七年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求(反訴請求)を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
三 この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の申立て
一 控訴の趣旨
反訴請求に関して、主文第一、二項と同旨。
(控訴人は、原判決中の反訴請求に関する部分についてのみ控訴し、控訴人の本訴が却下された部分については控訴していない。)
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
本件事案の骨子、争いのない事実等、争点、争点に関する当事者の主張は、次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
被控訴人車両は、昭和六二年九月に初度登録された通称「シボレー・カマロ」と呼ばれる車両(型式CF24A)であるが、同車両は、新車価格三九八万円という値段に示されるように、値段が安いこともあつて、シボレーの中ではよく売れているポピユラーな車である。被控訴人車両と同じ年式、型式の車両は、一般の中古車市場でも相当出回つており、平均販売(小売)価格は七〇万円である。したがつて、被控訴人は、七〇万円で被控訴人車両と同じ年式、型式の車両を取得することができるから、その四倍もの修理費を費やして修理し、その修理相当額を本件事故による損害賠償として請求することは合理性を有するものではない。
(被控訴人の主張)
被控訴人車両は、本件事故当時、登録後七年経過しており、外国製の車両であることもあつて、同種同等の自動車を中古車市場において取得することは至難であつた。
また、被控訴人代表者は、被控訴人車両とは別に、二八年前、一七年前、九年前に購入した各車両も現在使用しており、本件の被控訴人車両も、事故当時まで約六年間使用していたが、被控訴人車両の場合、六年乗つてから初めてその真の性能が発揮されるので、大事に愛用していたし、少なくとも二〇年間は乗るつもりであつた。したがつて、被控訴人あるいはその代表者が、被控訴人車両の代物を取得するに足りる価格相当額を超える高額の修理費を投じてでも被控訴人車両を修理して引き続き長く使用したいと希望することについては、社会観念上、是認するに足りる相当な事由が存するというべきである。
第三証拠
原審の訴訟記録中の書証及び証人等目録及び当審の訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これらを引用する。
第四当裁判所の判断(損害額についての判断)
一 いずれも弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二号証の一、二、第九、第一〇号証及び乙第一〇号証、いずれも成立に争いのない甲第五号証及び乙第一一ないし第一三号証、原審における被控訴人代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
1 被控訴人車両は、昭和六二年九月に初度登録された通称「シボレー・カマロ」(型式CF24A)と呼ばれるアメリカ合衆国製の四人乗り普通乗用車で、新車価格は三九八万円であるが、本件事故当時(平成六年一二月)の中古車市場における平均販売価格(オートガイド社の調査に基づく「レツドブツク」(ガイドブツク)に登載された価格による)は七〇万円であつた。
なお、中古車の中には、年式によつては、いわゆるクラシツクカーとして愛好者の間において高値で取り引きされるものもあることは周知の事実であるが、被控訴人車両と同一型式で一年式新しいものは、中古車市場における平均販売価格(前記「レツドブツク」に登載された価格による。)は八〇万円、同じく二年式新しいものは、中古車市場における平均販売価格(前記「レツドブツク」に登載された価格による。)は一〇〇万円であつて、被控訴人車両と同一型式、同一年式の車両が特に希少価値の高い車種であるといつたような事情は窺われないうえ、外車の最新落札価格と過去数ケ月間の落札価格事例を掲載した「オークシヨン ブツク 外車」(株式会社アクセス)の平成七年一月号には、被控訴人車両と同一型式、同一年式の車両の取引事例が四事例掲載されており(落札価格は四三万九〇〇〇円から八一万円までの間。)、被控訴人車両と同一型式、同一年式の車両は、中古車市場において必ずしも取得することが困難な車両ではなかつた。
2 控訴人運転車両については、同車両の所有者である訴外藤田晃男と訴外安田火災海上保険会社(以下、「保険会社」という。)との間で任意保険契約が締結されていたところ、保険会社は、本件事故後、被控訴人に対し、「被控訴人車両の修理には一五〇万円位かかりそうであるが、同車両の査定価格は七〇万円位であるため、保険金は七〇万円しか支払えない」旨通知した。
ところが、被控訴人は、被控訴人車両を修理して使用することを希望し、平成七年三月三一日、控訴人に対して修理代金二七六万円の支払いを求める調停を枚方簡易裁判所に申し立てる一方、自動車修理業者に被控訴人車両の修理を依頼し、平成八年一月三一日、右業者に対して三〇五万六七一〇円(消費税八万九〇三〇円を含む。)を支払つて、修理を完成させた。
なお、被控訴人の代表者伊藤祐一は、被控訴人車両の他に、被控訴人名義及び同代表者名義の乗用車各一台を所有しているが、これらの車両の初度登録も昭和五三年九月、昭和四三年一月と、相当年数を経ているのであつて、同代表者は、被控訴人ないし同代表者の所有車両に対して強い愛着を抱いて永年使用する性格であり、被控訴人車両については、少なくとも二〇年間は使用を続けるつもりでいたものである。
二 右認定事実を基礎として、被控訴人車両の損害額について判断する。
1 交通事故により中古車両が破損した場合において、当該車両の修理費相当額が破損前の当該車両と同種同等の車両を取得するのに必要な代金額の基準となる客観的交換価格(以下、単に「交換価格」という。)を著しく超えるいわゆる全損にあたるときは、特段の事情のない限り、被害者は、交換価格を超える修理費相当額をもつて損害であるとしてその賠償を請求することは許されず、加害者は、交換価格からスクラツプ代金を控除した残額を賠償すれば足りるというべきである。不法行為による損害賠償の制度は不法行為がなかつたならば維持しえたであろう利益状態を回復することを目的とするものであることはいうまでもなく、中古車両を毀損された所有者は、通常は、破損箇所の修復をすることにより右利益状態の回復をなしうるのであるから、修理費がこの場合の損害額であるとみるべきであるが、自動車は時の経過に伴つて修理費及び整備費がかさむものであり、まして事故により毀損された場合の修理費は、毀損の程度、態様の如何により経常の修理、整備費をはるかに上廻りその額が前記交換価格を著しく超える結果となることもあり、このような場合には、被害者は、より低廉な価格で代物を取得することによつて前記利益状態を回復しうるのであるから、右交換価格が損害額となるものというべく、交換価格より高額の修理費を要する場合にもなお修理を希望する被害者は、修理費のうち交換価格を超える部分については自ら負担すべきものとするのが公平の観念に合致するものというべきである。
2 右において、交換価格を超える修理費相当額をもつて損害であるとしてその賠償を請求することの許される特段の事情としては、被害車両と同種同等の自動車を中古車市場において取得することが至難であること、あるいは、被害車両の所有者が、被害車両の代物を取得するに足る価格相当額を超える高額の修理費を投じても被害車両を修理し、これを引き続き使用したいと希望することを社会観念上是認するに足る相当の事由が存することなどが、典型的なものとして考えられるところ、前認定の事実をもつてしては、本件において、これら特段の事情は認められない(被控訴人代表者の自動車に対する愛着といつた個人的、主観的事情は、右特段の事情に当たらない。)ものというべきであり、他にこれら特段の事情を認めるに足りる証拠もない。
3 前認定の事実によれば、本件事故当時の被控訴人車両の交換価格は七〇万円と認めるのが相当であり、したがつて、被控訴人が本件事故による被控訴人車両の損害として控訴人に請求しうる損害は、前記修理費よりも低廉な交換価格七〇万円であり(なお、賠償価格としては、交換価格からスクラツプ代金を控除した残額とすべきであることは前示のとおりであるが、本件においては、右控除すべきスクラツプ代金額の立証がないから、これを控除しないこととする。)、控訴人は、被控訴人に対し、右七〇万円の支払義務があるというべきである。
三 代車料の損害についての判断は、原判決の「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」二(原判決七丁表二行目から同丁裏一行目まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。
四 以上によれば、被控訴人の控訴人に対する反訴請求は、金七〇万円及びこれに対する平成七年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し(遅延損害金の始期は被控訴人の主張による。)、その余の部分は理由がないから棄却すべきである。よつて、これと一部結論を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条に従い、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岨野悌介 杉本正樹 納谷肇)